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宇宙戦艦ヤマト2199第七章 感想・・・のようなもの その4[最終話] [アニメーション]

2199が始まってから、このブログにだらだらと書いてきた
この「感想・・・のようなもの」。

この後も、キャラとかの個別の項目についてだったり
BDが到着してから後の補足とか、
もう少し書くことがあるかとは思うが、
ストーリーに沿って書くのはおそらくこれが最後だろう。


いよいよ最終回。
上映版こそ既に観ているが、TV放送もこれで終わり。

思えば去年の4月7日に始まったヤマトとの旅も、これで終局を迎える。
振り返ってみれば、長いようで短い日々だった。

季節も一回りと半分。春と夏は二回来て、二回去って行った。

思えばいろいろなことがあった。

5時起きして映画館の前に並んだのも、
第二章では直前にBD販売が延期になったのも、
途中からは、かみさんが一緒に観に行ってくれるようになったのも、
幕張までヤマト音楽団を聞きに行ったのも、
上映版の主題歌が差し替えになるかもって大騒ぎしたのも
UVERworld版主題歌差し替えMADで動画サイトが埋まったのも
第七章が短縮されたりBD発売が延期されたりしたのも

「ヤマトか・・・なにもかも、みな懐かしい・・・」

 

なあんて思ってたら最後の最後に何と

「完全新作劇場映画 2014年全国公開決定!!」


   ・・・これについて語るのは保留にしましょう。
   何と言ってもデータが無さすぎです。
   何を書いても妄想になってしまいますから・・・

 

閑話休題。

本題に戻ろう。最終話のことである。

2199製作に当たり、私のこだわりポイントは三つあるって書いた。

第一は「七色星団の決着」
第二は「空間磁力メッキ」

そして、第三の、そして(私にとって)最大のポイントは、
「雪の蘇生」である。

一度は死んだはずの人間が甦る。
普通ではあり得ないことが旧作では起こり、
2199でも再び起こった。

しかし、その展開には大きな違いがある。

そこにも、第七章のキーワード「逆転」が潜んでいるように思う。

 

※例によって、旧作も含めて盛大にネタバレしています。
 TV組、ディスクの到着待ちの人はご遠慮下さい。

 あと、たぶん、今までで最長(当社比)になってますので、
 ご用とお急ぎでない方だけご覧下さい。

  今までの七章分と同じく、必ずしも時系列順にそって書いてませんので
 内容が前後する部分があります。


最終話「青い星の記憶」

■逆転のコスモリバースシステム

旧作最終話で、デスラーは白兵戦を挑むに先立ち、
ヤマト艦内へ放射能を含むガスを送り込んでくる。
ガミラス兵を迎え撃つヤマト乗組員たちは、
このガスに苦しみ、次々と倒れていく。
そしてこのガスは、古代たちが戦っている区画まで迫ってきていた。

イスカンダルで放射能除去装置・コスモクリーナーDの
設計図と部品を受領していたヤマトは、
帰路の時間を使って艦内で組み立てを行っており、
このとき、ちょうど完成したばかりだった。

しかし、動くかどうかのテストすら未だ行っていない状態。

古代たちを救うため、真田の制止を振り切って、
(「やめろ、ユキ! まだテストもしていないんだぞ!」
 「今すればいいじゃありませんか!」←確かこんな台詞だった)
雪は独断でコスモクリーナーDを起動させる。
(有名な「だって古代君が・・・古代君が死んじゃう・・・」のシーンだ。)
結果、放射能ガスは分解・除去され、不利を悟ったデスラーは退却する。
(このあと、デスラーは空間磁力メッキで葬られてしまうわけだが)

しかし不完全な状態のコスモクリーナーDの作動によって、
装置周辺が無酸素状態となり、雪は窒息死してしまう。

地球を救う希望のはずのマシン・システムが、最愛の人の命を奪うという皮肉。

しかし雪は奇跡的に甦る。
艦長室で沖田が息を引き取るのに呼応するかのように息を吹き返すのだが
なぜ甦ったかは劇中で全く説明されない。


これも実のところ、
短縮された最終回のために急遽でっち上げられた結末のように、私には思える。
解釈は観客(視聴者)に任せる、というより
任せるしかなかったのかも知れない。

 当時、「沖田の魂が雪を呼び戻したのかなぁ」なんて考えていた自分が懐かしい。


2199においては、きちんと理由が描写される。
イスカンダルから与えられたコスモリバースシステムが雪を甦らせるのだ。

イスカンダルから与えられた、地球を救うシステムが、
旧作では最愛の人の命を奪い、2199ではその命を甦らせる。
これもまた「逆転の物語」。

「rebirth」を辞書で引くと「再生」の他に「復活」「蘇生」とある。
この結末までも予定して命名・設定されていたのなら、これもまた脱帽である。

 

「奇跡に理屈をつけるなんて野暮なことだ」って言う人もいるだろう。
旧作のラストでの、雪の復活に素直に感動した人もいると思う。

でも、私は引っかかっていたのだよ。39年間。

曲がりなりにも「SF」を旗印に語られてきたヤマトの物語が
最後の最後で、オカルトとまでは言わないが
モヤモヤとしたワケノワカラナイものになってしまった。

百歩譲って、SFがスペース・ファンタジーだって、
それなりに理由を語ってくれてもよかろうに。

七色星団も、空間磁力メッキも、納得できなかったけど
この最後の雪の蘇生こそが、いちばんの引っかかりポイントだった。

2199での雪の蘇生の経緯も、いろいろ言う人はいると思うけど、
私にとっては、旧作の「謎の復活」よりもはるかに腑に落ちるものだったよ。

製作陣には最大限の敬意を表したい。
かみさんじゃないが「ブラボー!」って叫びたいくらい。


■救われた古代守

この展開は、雪だけでは無い。
古代守をも、また救っていたように思う。


思えば旧作における古代守の扱いは、お世辞にもいいとは言えなかった。

「新たなる旅立ち」(1979年)では、
事態の発端から終結まで全く関わることが出来ず、
最愛の人・スターシャが××××××のを、ただ傍観するしかなかった。

「ヤマトよ永遠に」(1980年)では、
地球に帰還して防衛軍参謀となるも、
暗黒星団帝国の放った重核子爆弾を阻止できず、
さらには地球制圧を許してしまう(守兄さんだけの責任ではないけどね)。

挙げ句の果てには、
「えーっ、こんなところで死んじゃうの!」という最後を迎えるなど、
ホントいいところがない。

  守を演じた声優・広川太一郎氏とNプロデューサーの間に
  確執があったと知らされたのはかなり後の話だ。
  (それが原因かはわからないけどね。)

   旧作シリーズの中で、作画の美しさでは
  「完結編」と双璧をなす「永遠に」だが、
  守は殺すし、ラストでは××××が死ぬし・・・
  この二人の扱いだけでも、
  私は「暗黒星団帝国編」が許容できないんだ。

    このへんの文章で×印で伏せ字にしてるのは、
    ネタバレ防止のタメじゃない。
    文字にして書きたくないんだ。


占領をひっくり返すような無双をしろとまでは言わないが、
せめて敵に囚われの身となっている雪(弟の婚約者だもんね)の
救出くらいはしてほしかったな・・・なんて思ったものだ。
アルフォン少尉と対決するシーンなんてのも観てみたかったよなぁ。
(広川太一郎vs野沢那智なんて、今では夢のような組み合わせだよ。)

そうしたら、2199において、まさに守は雪を救ってくれた。

古代守は、33年の時を超えて
「無念を晴らす」ことができたのではないだろうか・・・


■大いなる愛

雪蘇生のシーンで流れたBGMもよかった。

サントラでの曲名では「大いなる愛(導く魂)」
(「新たなる旅立ち」のBGM「ヤマト瞑想」後半部の新アレンジだと思うが)

この曲のメロディーは、しばしば雪の登場シーンのBGMになっていたので
「雪のテーマ」としての意味合いもあって使われたのかも知れないが、
「さらば」での「大いなる愛」が流れたシーンを思い起こせば、
ここにもまた、ささやかながら「逆転」があった、
というのは言いすぎだろうか。


■頬を流れる涙

古代の頬を流れる涙を初めて見た。
2199古代は、実はこれまで一度も泣いてない。

いや、14話で、家族を遊星爆弾で失った記憶のシーンで泣いてなかったか?
と思ってネットで画像検索したら、
このシーンの古代は目に涙をためてはいるが、流れてはいない。
(記憶の中での幼い古代は、拳で涙をぬぐってたが・・・)

第1話で守が戦死した知らせを聞いても、
第4話で「ゆきかぜ」を発見したときも、
第17話で真田から守の話を聞いたときも、
第25話で守の遺言ビデオをも観たときも、
古代は涙を流してはいないのだ。
(画面に映ってないところで泣いてた、とは思うんだけど)

監督は、最後の最後、このシーンまで、
古代をあえて泣かせなかったのだろう。

2199古代は、旧作の古代と違って感情を表に出すことが少ない。
「個人」としてより、「軍人」として振る舞うことを優先しているのだろう。

雪が意識不明のときも、明るく振る舞い、
息を引き取ってからでさえ
「クルーのために彼女の死を伏せておく」ことを選ぶ。

もう、そんなに我慢してるといつか壊れちまうぞ・・・
と思ってたら、やっぱり壊れて・・・

旧作よりも、より成熟した人間として描かれてはいるが、
決して、内に秘めた感情が薄いというわけではなかった。

雪を失ったことで、いままで彼を覆っていた「軍人としての殻」が砕ける。
そこにいるのは、愛する女性を失って悲しみに暮れる一人の男。

雪の亡骸を抱えて古代が慟哭するシーンは、
小野大輔くん一世一代の大熱演じゃなかったか。

私もひさびさに「涙で曇ってスクリーンが見えない」状態に。
今、この文章を書いていても、思い出すと目尻に涙が湧いてくるよ・・・

このあと、生き返るって分かってるのに、泣いてしまうんだよね・・・

でも私は、39年という時を経ても、
このシーンに涙できる自分であったことを嬉しく思うよ。


■相原

第一艦橋サブキャラ三人衆のうち、いちばん影が薄かった相原君。
旧作では堂々の主役回があったのに、今回はナシ。
通信担当なので、それなりに台詞は多かったはずなのに印象に残らない。

と思ってたら、最終回でまさかの両親ネタ回収。
スタッフもさすがに可哀想に思ったのかな。

中の人は國分和人さん。
寡聞にしてこの声優さんのことは全く知らなかったんだけど、
旧作の相原役を演じた野村信次さんに声の質がよく似ているように思う。
國分さんのほうが少しソフトな感じだけどね。

第2話ではじめて國分さんの声を聞いたとき、
「あぁ、これは相原だあ!」とすんなり納得したのを覚えてる。


■加藤と真琴

加藤と真琴はまさかのでき婚。
思い起こせば、第2話での出会いから、
すこしずつ仲が進展するのが描かれてきた。

真琴役の佐藤利奈さんも大熱演だったね。

加藤が古代にかける台詞もよかったんだけど、
古代の戦術長としての活躍が今ひとつ印象が薄いので、
ややインパクトに欠けるかな。

  古代自身は最初から最後まで一生懸命、
  一切手抜きせずに懸命に職務に励んできたんだけどね。
  それは加藤だけでなく、視聴者にも分かってはいるんだが。


■真田と新見

いつも冷静な真田さんも今回だけは取り乱して、文庫本を握って叫んだり。
新見さんも "幽霊" を目撃したり、CRSの操作で大混乱したり。

最終回は、すっかり古代守に振り回されてしまったが、
この二人は、ヤマトと古代守をつなぐ大きなキーでもあったんだね。

学生時代のこの三人の話だったら、もう少し観てみたかったかも。


■コスモリバースシステム

CRSの上に鎮座している光の球体。あの正体は何か。

「魂」って解釈している人が多そうだし、
実際、そう解釈しても本編は矛盾無く視ることができる。

でも、私はあれを「魂」って思いたくないんだなぁ。

だって、CRSを起動するとあの球体は消滅してしまう。
つまりそうなると「一回の使用ごとに一人の魂を必要とする」わけで、
それじゃまるで、
CRSは人身御供を強要するようなシステムになってしまうじゃないか。


コスモリバースシステムの仕組みについては本編第24話で
「星の物質と生命の進化の記憶を封じこめたエレメントを触媒に」
と語られてる。

イスカンダルで積み込んだ段階の球体は、
守の記憶をコピーした「記憶体」か「思念体」なのだと思う。
守が死んだのは、そのコピーを取った後。
あるいは死期を悟った守が、自ら望んだのかも知れない。

いくら「進んだ科学は魔法と見分けがつかない」とは言っても、
人の魂の出し入れが簡単にできるような科学は認めたくないなあ・・・

  ちなみに、上の言葉はSF作家のアーサー・C・クラークのだね。
  映画「2001年宇宙の旅」の原案者だ。
  大学時代にリバイバル上映があったのを観に行って、
  上映時間2時間30分中、1時間30分を寝てしまったのはナイショだが。
  うーん、かみさんのこと言えんなあ。


でも、「記憶体」にも「心」はあるかも知れない。
それについても、第9話で真田が語ってる。

感情や思考も脳内の神経を流れる電気信号なのだから、
構成物質が有機物か無機物かの違いだけで、
人工知能にも「心」が宿る日も来るかも知れない。

思えば、第9話にはいろいろ終盤へ向けての伏線を仕込んでたんだね。
(第14話は七色星団への布石だったけど)


■沖田と古代守

思い返せば、沖田と古代守で始まった第1話。
そして最終回もまた、沖田と古代守で締めるという首尾一貫。

第25話の三式弾といい、今回の2199のシナリオは、
ホントに最後まできちんとストーリー展開を練り上げた上で
作られているんだなあと、今更ながら実感した。


もう一つ思ったのは、沖田と古代の関係。

2199において「沖田 ⇔ 古代進」の関わりが薄い、っていう意見があった。

たしかに、沖田と古代が一対一で会話するシーンは、
旧作よりもかなり少なくなっている。

群像劇で、古代一人が突出しないような演出のためかと思っていたのだが
最終回まで観て感じたのは、
旧作では「沖田 ⇔ 古代進 ⇔ 古代守」
だったのに対して
2199では「沖田 ⇔ 古代守 ⇔ 古代進」
という関係だったんじゃないか、ということ。

旧作では第1話での会話以外、沖田と守が関わるシーンは無い。
イスカンダルで再会したはずの第25話でも、
沖田と守が会話したシーンは無かったように思う。
(あったのかも知れんが、記憶に残ってない。)

2199では、守はヤマト戦術長候補だったし、
沖田は第2話でそのことを進に語っている。
第24話でも、真田を通じて守の消息を聞き、
最終話でも守の夢を見て、徳川とそのことについて語る。

2199の沖田にとって、
守の存在は、旧作よりもはるかに大きかったのだろう。

沖田からすると、自分の後継者はあくまで古代守で、
その守の背中を一生懸命追っていたのが進、ということなんじゃないか。

だから、最終回においても、沖田の心に一番近いところにいたのも守で、
だからこそ、CRSでの「バトンタッチ」も
すんなりいったし、視聴者も受け入れやすかったんじゃないか。


第1話から最終話までを通じて、
「古代守」は物語の深層に常に存在し、時として表面に現れて、
生きている者たちに深い印象を残しては、また消えていく。
さらに最終回においては、
2199の物語の大団円を演出した中心的存在にもなっている。

2199において、主役は沖田、古代は脇役筆頭だったんじゃないか、
って前に書いたけど、終わってみると
古代守は「裏の主人公」だったんじゃないかな。


■英雄、逝く

このシーンは、台詞も音楽も、たぶんカット割りも旧作をそのまま踏襲してる。
やっぱりここは「変えてはいけないポイント」なのだろうね。


■第一艦橋

旧作では、古代が雪の遺体を抱えてやってきて
場の雰囲気を凍りつかせたような記憶があるんだが、
2199では、無事に蘇生した雪を古代がお姫様だっこして入場。

なぜか山本とか普段ブリッジにいないメンバーまでいるんだが
まあ、地球を観るために上がってきたんだろう。
(展望室や第二艦橋は満員札止め状態だったからね)

ここで全員が地球を眺めているところに、
うしろから佐渡先生が入ってきて、蘇生した雪を見つけて落涙する。
(ああ、ここでも目から汗が・・・)

旧作では、このとき蘇生した雪を古代が抱えて
くるくる踊り回ってたなぁ・・・


■明日への希望

沖田が亡くなると同時に再起動するCRS。

第一艦橋で地球を眺める一同を映しながら、
BGMが始まる。
「旅立ち」から「明日への希望」へ。

うーん、やっぱりこのBGMは反則だ。
これを聞かされたら感動するしかないじゃないか・・・

全26話通して出演した全声優陣のキャストが流れた後、
画面いっぱいに映る地球。
赤い地球から、すっかり青さを取り戻した地球へと変わって大団円。


TV版では、大人の事情によってTV版EDに載ってラストシーン。
JUJUのもいい曲だと思うし、
TV版のエンディングも、これもこれなりに悪くはないかと思うが、
やっぱり上映版とは比べものにはならないなあ。

はやくディスクが欲しい・・・


■愛の星

水樹奈々は大好きだし、
「愛の星」もとてもいい歌なのは分かってる。

当代アニソンの女王様が、2199最終章のEDを歌ってくれる。
このうえなく素晴らしい状況なのは分かってる。

だが。

こんなことを書いたら罰が当たるのも分かってるんだが・・・

ここは、ささきいさおの歌が聴きたかったな・・・という気持ちも
私の心の中の20%くらいを占めていたことを告白しておこう。

それも、「真赤なスカーフ」でも「宇宙戦艦ヤマト」でもない、
この第七章のために書き下ろされたエンディングテーマを。

もちろん 作詞:阿久悠/作曲:宮川泰 で。

絶対無理なことは重々承知。
でも、そんなことを思ってしまったのだよ・・・


■終わりに

またまた長くなってしまった。

私の文章力では、様々な思いをうまく書き連ねることはとても無理なので、
最終回分は、さらりと短めに書いて終わりにしようと思ってたのに・・・

でも、いざ書き出したら、「アレも書きたい」「コレも書いておきたい」で
結局、ものすごい長文になってしまいました。
ここまで読んできてくれた方、ホントにありがとうございます。

まとまりのない駄文の垂れ流しの数々、まことに申し訳ありませんが
私の文章力ではこれが精一杯なのでどうかご容赦を。

最後に、この「宇宙戦艦ヤマト2199」という作品に対しての思いを
まとめて書こうと思ってたんだが、もう十分長い文章になってるので、
とりあえずここで終わりにしよう。

BD最終巻が届いてから、また補足等を書くこともあると思うので
気が向けば、そのあたりに書くかも知れません。

 

地球発進から冥王星攻略まではほぼ旧作をなぞり、
太陽系外へ出てからは大きく変化を見せた2199。

大筋では旧作通りのはずなのに、予想できないことも大幅に増えて
いつもワクワクして一生懸命観てしまった。

第七章でも、
ガミラス攻略戦、イスカンダルの苦悩、
亜空間回廊内での最終決戦、コスモリバースシステムと
旧作の遙か上をいく超展開で見せてくれたが、
終わってみれば「ああ、ヤマトを観たなあ~」って思えた満足感。


素晴らしいリメイクを届けてくれた製作スタッフに向けて、
これだけは書いておかなければなりません。

「ありがとう。以上だ!」    ∠(`・ω・´)


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宇宙戦艦ヤマト2199第七章 感想・・・のようなもの その3[第25話] [アニメーション]

※毎度のことですが、ものすごい長文になってます。
 ご用とお急ぎでない方はどうぞ。

 

2199に対する評価は人それぞれ。

100人いれば100通りの「オレの見たいヤマト」があるわけで、
どうリメイクしようとも、必ず文句を言う人は現れる。
旧作ファン全員に受け入れられる作品なんか作れるわけもない。

こだわるところも人それぞれ。

ある事柄に対して、
「そんなのどうでもいいじゃん」て人もいれば
「いや、そこは絶対譲れない」と主張する人もいる。
40年近い歴史もある作品だし、熱心なファンであればなおさら。

旧作通りに作っても、文句を言われるし、
変えれば変えたで文句を言われる。

 思えば2199の製作スタッフは、
 ものすご~く、たいへんな仕事に取り組んできたわけで、
 ホント頭が下がる。
 「火中の栗を拾う」とはよく言ったものだ。


さて、「こだわる点も人それぞれ」って書いたが、
ならば「私がこだわる点」というのも当然あるわけだ。
今回はそこから書いてみる。


2199の製作が決まったとき、
私には、リメイクに当たってどうしても改めてほしいところが三つあった。

「残念なところ」「納得できないところ」と言い換えてもいい。
「リメイクするなら、ここ絶対何とかしてくれ」って思ったところだ。

もちろん、旧作(イスカンダル編)は、私にとって特別な作品だ。
高校1年の10月に出会って以来、
大げさに言えば「青春時代を共に過ごしたアニメ」だった。
「心の殿堂入りアニメ」と言ってもいい。
このへんのことも、去年の春頃にこのブログの記事に書いた。

そんな特別な作品なんだけれども、徒に神格化しようとも思わない。
何と言っても40年近く前の作品だし、
(全39話予定が全26話に短縮された影響だと思うが)
終盤の展開には疑問符のつくものもあった。
(もっとも、そんなものを吹っ飛ばすくらいの
 感動を与えてもらったからこその「殿堂入り」でもあるのだけどね。)

今になって振り返ってみれば「あそこは何とかならなかったのかなあ」と
思えるところも当然出てくる。


では、私のこだわる「何とかして欲しい三カ所」とは何か。


まず第一点は「七色星団の決着のしかた」。

これについては、2199の第20話でもう描かれたし、
このブログでも記事を書いたので繰り返さない。
不満な点も無くはないが、
納得できない旧作での展開を、上手にまとめ上げたのは既にご覧の通り。
「良くあそこまで再構成したなあ」というのが私の評価。
つまり、第一点については「満足」である。


そして、二つ目の点が、「空間磁力メッキの登場」である。
2199では、この "究極の防御装置" をどう扱ったのか。

ここでも、第七章のキーワード「逆転の発想」が現れているように思う。

 

※例によって盛大にネタバレしています。旧作も含め、
 第25話のみならず、最終話の内容にも
 触れている箇所があるかも知れません。
 TV組、ディスクの到着待ちの人はご遠慮下さい。

 

第25話「終わりなき戦い」


■逆転の三式弾

旧作イスカンダル編における最後の戦いで、
デスラー砲からヤマトを救ったのは「空間磁力メッキ」なる新装備だった。

真田が
「冥王星戦における反射衛星砲からヒントを得て、密かに開発しておいた」
という空間磁力メッキは、スイッチ一つでヤマト全体を覆い、
デスラー砲のエネルギーを全反射してしまう。

デスラー艦は、その反射してきたエネルギー流に巻き込まれて爆発・消滅する。
ここに、デスラーの野望、ヤマトへの復讐の思いは潰えるのだが・・・


しかしこの「空間磁力メッキ」というシロモノ、冥王星から最終回までの間、
一度も話題に上がらなかったし、開発してる様子も描かれなかった。

つまり最終回で唐突に出てきたシロモノで、
いかにも取って付けたような、
「ご都合主義」と言われても仕方のないものだったと思う。

好意的に解釈すれば、
途中打ち切りが決まって、後半が駆け足になってしまったので
伏線を張る余裕が無かったのか、
あるいは短縮された最終回のために、急遽でっち上げられた装備なのか。
(私はあとの方のような気がするんだが)

実際、この「空間磁力メッキ」なるもの、後の続編群では出てこない。
(「ヤマトIII」のどこかでちょこっと出たような記憶もあるんだが)

それはそうだろう。

ヤマト世界における最強の武器である波動砲が無効化されてしまうわけで、
これが広く普及してしまったら、物語展開上、大きな支障をきたしそうだ。

ヤマトが本格装備すれば、無敵状態になってしまうし、
敵が装備すればヤマトは絶対勝てなくなってしまう。
(それに近い、「波動砲が通じない装甲」を持った敵が出てきたことはあったが)

だから、続編では「なかったもの」とされてしまったのだろう。

 

そして、2199における最後の戦いにおいて、
波動砲を封じられたヤマトが、
デスラー砲を擁するデウスーラといかに戦うのか。

もし、「空間磁力メッキ」を使うのであれば、少なくとも中盤あたりから
それらしいものを開発しているような描写が入るはずだと思っていたのだが、
少なくともそんなものはなかった。

この記事を読んでいる人はは第25話をご覧になっているだろう。
そう、2199では、旧作とは全く逆の発想でヤマトを勝利へと導いたのだ。


亜空間回廊内で、ヤマトに接舷して白兵戦に持ち込んだデスラー。
しかし、頼みのガミロイド兵が真田&新見さん謹製の
「こんなこともあろうかとウイルス」によって壊滅。
やむなくデスラーは撤退するが、
ヤマトに対してとどめの一撃を放つべく
デスラー砲の引き金に手をかける。

ヤマトは左に回頭する。回避行動なのか迎撃行動なのか。
(このシーン、ネットで見てみると
 「空間磁力メッキくるぞ!と思って期待した」
 って書いてる人がけっこう多いのに驚いた。
 みんな、そんなに空間磁力メッキ好きなのかあ?)

デスラー砲が発射されようとしたまさにそのとき、
90度回頭を終えたヤマトの主砲が吼える。
ショックカノンではない。跳んできたのは三式融合弾。

デウスーラ二世を蜂の巣にするかの勢いで連射に次ぐ連射。
砲弾は亜空間を超えて次々に着弾、炎上していく。
デスラー砲の引き金を引くと同時に大爆発に包まれるデウスーラ二世。
ここに独裁者の野望は潰える。


2199ヤマトの、兵装面でのもっとも大きな変化が、この実体弾の搭載だった。
思えば、2199第2話でのヤマト最初の砲撃が、この三式弾。

そして、ヤマト世界における、最もスーパー・テクノロジーである
デスラー砲(波動砲)に打ち勝ったのは、
最も旧式で、アナクロな実体弾兵器だったという逆転の発想。
まさにデスラーは「野蛮人めぇ・・・」て思っただろう。

「空間磁力メッキ」という、
ご都合主義の反則技のようなモノを持ち出すことなく、
標準装備の武器で、きっちりとデスラーを葬って見せた2199ヤマト。

そして、終わってみればヤマトの戦いは
「三式弾に始まり、三式弾に終わる」という、首尾一貫。

まさか、この「最後の戦い」を演出するために
実体弾兵器を装備させたのだろうか。
もしそうなら、脱帽である。

(欲を言えば、「超空間回廊ではビーム兵器が使用できない」設定を
 バラン星あたりで一度出しておけば、もっと良かったかなあとは思ったけどね。)


■放浪のセレステラ

宙雷艇(?)で漂流していたセレステラ。
デスラー体制が崩壊したバレラスでは、もはや彼女の居場所はなかったのだろう。

彼女以外にも、新体制派と旧体制派の確執はあっただろうし、
スターシャにヒス副総統が報告しているシーンを見る限り
デスラーは死亡したものと判断され、新体制派が実権を握っている様子。

彼女以外にもバレラスを脱出した要人は多かろう。
旧体制下で私腹を肥やしてたり、権勢を誇ってた人もいたはず。

そんなどさくさに紛れて抜け出したのだろう。
なんでヤマトの航路上にピンポイントでワープアウトしてるのかは
ちょっと疑問だが、ここは突っ込んではいけないのか。

彼女の接待役は雪。そりゃ旧知の仲ですからね。
紅茶でおもてなし。
TV放映版で明らかになったが、あれは平田さんが淹れてたんだね。

  どーてもいいけど「雪の淹れる珈琲は不味い」って旧作ネタは
  結局、回収されなかったのだね。

  2199の雪も、珈琲に限らず家事は上手そうな感じはしないが、
  古代が器用に何でもこなしそうなので問題ないね。

しかし、ガミラス兵の侵入に際して、雪は自分の個室にセレステラを監禁する。
壁には古代とのツーショット写真(リア充感満載)が。
雪さん容赦ないです。


■「我々は愛し合うべきだった」

旧作第24話での古代の台詞だが、
2199では雪の台詞になった。

旧作では本土決戦でガミラスを滅ぼしてしまった後、
後悔の念と共に語られた。
2199ではガミラスを滅ぼすことなく、むしろ和解の可能性を示すことで
この言葉が本土決戦で語られることはなく、
この台詞自体、2199では使わないのかと思っていた。

ガミラスに拉致されたことで、ザルツ人のノラン(とヒルデ)、
ジレル人のセレステラ、ガミラス人のエリーサなど、
多くの異星人と接する経験をした雪ならばこそ、
そしてセレステラのデスラーへの思いの深さを知ってる雪だからこそ
この台詞を任されたのだろう。

ならばこそ、デスラー(の側近たち)がセレステラにとどめを刺すこと、
セレステラが絶望のうちに自分から命を絶とうとすることが
雪には耐えられなかったのだろう。

そして、艦内に古代の絶叫が響くことになる。


■デスラーの生死

デウスーラ二世爆発のシーンで、
ブリッジ部分が上にはじけ飛んでる描写があるので
「デスラーは生きているんではないか」との観測があるが
あえて生存の可能性を残したことも、ファンサービスなのだろう。

  ネットのウワサでは、生前のNプロデューサーの出した条件に
  「デスラーは殺すな」というのがあったとか・・・

もっとも、TV放映版では、このとき
タラン兄も親衛隊ガールズもお亡くなりになってたみたいなので
デスラーも無事で済んでるとは思えないが・・・


このへんからは、上映版ではカットされていた部分について書いてみる。
22日(日曜)の本放送時に観て、23日(月曜)にもう一度録画を観て、
都合二回しかまだ観てないので、間違いがあるかも知れんが・・・、


■ディッツ帰還

冒頭に追加されたのは、ディッツ提督がガミラスに帰還するシーン。
既にもう軍における地位は復権しているようで、
(おそらくヒス副総統のはからい?)
各地に存在する国軍勢力に対しても、
デスラー後の新体制への帰順を命じている様子。
ブリッジにはエリーサの姿も。

タラン弟がお出迎え。さらにメルダとユリーシャが加わり、
ここにヒス副総統がいれば、新政権主要メンバー勢揃いという勢いだ。
トリさんもいたねえ。ユリーシャの腕に止まって嬉しそう。

しかし、依然として軍の一部が帰順を拒否しているとのこと。
もちろん、われらがゲール君(笑)のことですね。

「信頼できる者を差し向けた」このときのディッツ提督の顔が怖い。


■ゲール君

そのゲール君、
率いている艦隊がいつのまにか30隻あまりに激減している。
ディッツの召還命令があったとのことなので、
ほとんどの艦艇はそれに従ったのだろう。

まあ「デスラー総統は亡くなられた」と聞かされた上で
ディッツとゲールのどちらかを選ぶことになったら、
やっぱディッツを選ぶだろうなあ。

残っているのは、
デスラーの死を信じないか、
個人的にゲールに忠誠を捧げてるか
ゲールと同じく、新政権に戻るといろいろ困るのか。
(要するに、叩けばホコリの出る人だったりするのか)

しかしゲール君本人は、デスラーと再会できて欣喜雀躍の様子。
通信の相手をしたタラン兄が頭を抱えていましたね。
もうここのシーンだけで爆笑でしたな。

  かみさんも、最初の頃こそ「えー、ゲールってどこがいいのよ~」
  なんて言ってたんだが、最終章の頃にはすっかりはまっていて
  「あー、ゲール君だー! やっぱこの人出てくると楽しいわ~」
  すっかり彼の魅力にとりつかれてしまったようだ。

そのデスラーは、あくまでヤマトにご執心のようで。
「あの艦が欲しくなった」らしい。
いまさらヤマト一隻沈めたところで、先の展望が開けるとも思えないが
もはや彼の胸中には復讐の念しか残っていないのか。
たった一隻で「大ガミラスを打ち破った」わけだから。

 厳密には「ガミラスを破った」と言うよりは、
 ヤマトに関わっているうちに、デスラーが勝手に「壊れていった」
 という気もしないではないが。

ヤマトを亜空間ゲートに追い込んだ後、
フラーケンによって宇宙の藻屑と消えてしまうんだが
最後まで「俺はゲールだ!」言い放って自分を曲げなかったのは、
彼は彼なりに
「自分の生き方に信念を持ってた」んだろうな、って思ったよ。


■フラーケン登場、そしてまさかの・・・

ネットのウワサで、
第25話にはフラーケンが出るらしいというのは聞いてたんだが、
いざ出てくると、まあかっこいいこと。

  ギロロ(中田譲治さんね)ファンのかみさんも大喜び。

司令塔の上に出て宇宙に身をさらしながら指揮を執る。
まんまキャプテン・ハーロックですな。

副官のハイニ君も健在のようでなにより。

しかし、第25話最大のサプライズは
我らが(笑)ヤブ君の再登場でしたね。
まさか次元潜行艦の機関員に再就職していたとは。

レプタポーダに残ったところでもう出番は終わり、
そのうち可愛いかみさんを見つけて子だくさんの家庭を作り
最後は町工場の親父さんくらいに収まる、という
平穏無事な後半生を妄想していたんだが
まさかまさかの愚連隊加入でした。

  意外だったのはかみさんもヤブ君を観て驚喜してたこと。
  「きゃー、ヤブ君出てきたー!」
  機関の修理をして潜行艦の危機を救うと
  「すごーい! かっこいい~!」
  フラーケンが画面の向こうに消えていってCMに入ると
  「ヤブ君のこと、心配してたんだ~。あれからどうしたんだろーって」
  あなたはいつからそんなにヤブ君のファンになってたんだ・・・


■艦内白兵戦・航空隊&機関部

けっこう細かいとこカットしてたんだなー、
て思ったのは艦内の白兵戦。

航空隊が通路にロッカーでバリケードを築いて、
(殴られたり蹴られたり銃弾で穴だらけに・・・ロッカーもたいへんだ)
篠原が、でっかい機銃を持ってきて撃ちまくるシーンとか。
(あれ、ファルコン搭載のやつ?)
直後に手榴弾が飛んできてあわてて逃げるとか、
もうすっかりギャグ要員になってたね。

徳川さんのスパナ一本でエンジンを死守してるシーンとかもね。

で、このへんが復活すると、
各シーンのつながりが良くなってわかりやすくなった。


■追加部分まとめ

ストーリーの大筋に関わらないとはいえ、
けっこう重要なシーンばかりでしたね。
古代と雪以外の(主にガミラス側の)キャラたちに、
次々に決着がついていって、
まさに物語の終局という感じだった。

しかし、デスラー総統についての掘り下げはほとんど無かったなあ。
ヤマトにこだわる理由は語っていたけど、
ガミラス臣民に対する認識はどうだったんだろう。
その辺の解釈は視聴者に任せると言うことなのかな・・・


■最後に

冒頭にも書いたが、私の「リメイクに当たってのこだわり」の二つめ、
「空間磁力メッキ無しでデスラー砲に打ち勝つ」
を見事に成し遂げてくれた2199。

もうこれだけで第25話は100点満点である。
いや、ヤブ君で大いに笑わせてもらったので120点あげてもいいよ。

旧作最終話を二話に分けて、駆け足で詰め込みすぎだった展開を改める構成もいい。

さて、残るは最終話のみ。
私の「リメイクに当たってのこだわり」の三つめもそこにある。

これについても、2199製作陣は素晴らしい回答を示してくれた。
次回はそこを中心に書く予定。


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宇宙戦艦ヤマト2199第七章 感想・・・のようなもの その2[第24話] [アニメーション]

手元にディスクがないので、映画館で見た内容を思い出しつつ、
記憶の補完のために、
ネット上で他の方々がいろいろ書かれてる
第七章の感想なんかも読ませていただきながら、
ちまちま書いてるこの「感想・・・のようなもの」。

ホント、第七章は評価のばらつきが今までの章より大きい印象。
おおむね好評価かとも思うが、
人によっては、ほとんど全否定並みに酷評してる人も、
今までの章よりちょっと多いかな。

「そんなに熱くならなくても・・・」とも思うが
それだけ、多くの人にとって思い入れのある作品なんだよね。

「鑑賞記」のところでも書いたけど、
私自身は第七章の内容に対して充分満足している。

詰め込みすぎと、主に尺の不足から来る説明の足りなさはもちろんあるけど。
特にデスラーについてはね(このへんは25話の補完部分に期待してる)。

私自身は、見終わった後、とても「穏やかな気分」になったことも書いた。
書き終わった文章を読み返してみても、
我ながらけっこう穏やかなものになってる気がする。
(もともと、過激な文章は努めて書かないようにしてきたつもりだけども)

さて、前置きばかり長くても無意味なので、そろそろ本文に入ろう。
そんなに長く書くつもりはなかったんだけど、
書き終わってみたら、ものすごい長文になってました。


※例によって盛大にネタバレしています。旧作も含め、
 第24話のみならず、第25話・最終話の内容にも
 一部触れている箇所があるかと思います。
 TV組、ディスクの到着待ちの人はご遠慮下さい。


さて、前回も書いたが、
私が考える第七章のキーワードだと思うのは「逆転の発想」。
今回もここから始めよう。


第24話「遙かなる約束の地」


■逆転のイスカンダル

地球へ救いのメッセージを送ってきた希望の星・イスカンダル。

旧作においても、愛と平和の象徴とも言える存在だったが、
2199世界では、さらに意外な過去が付与されていた。

かつて "波動砲" をもって、大マゼラン銀河を流血に染めて、
一大帝国を築いていたという真実。

ガミラスにも劣らない、いやひょっとするとガミラスをも上回るかも知れない
「軍事国家だったイスカンダル」というのは、衝撃的であった。
これもまた逆転の発想。
(「ヤマトIII」でのシャルバート星の設定を盛り込んでるのかな、とも思うが。)

「あらゆる知的生命体の救済」を国是に掲げているのも、
かつての破壊と殺戮への、「贖罪」の気持ちなのだろう。
だからこそ、波動エネルギーの兵器転用について
神経をとがらせていたわけだ。

しかし、それゆえヤマトに「コスモリバースシステム」(以下CRS)を
すんなりとは渡してくれない、という驚愕の展開。
(まあ、その可能性も示唆されてはいたけども。)
「いったい今までの苦労は何だったんだ!」とクルーが怒るのも無理はない。
伊東の考えていたこと、一部は当たってたわけだ。


■スターシャのキャラ

地球人の波動砲開発を責め、CRSの引き渡しを渋るところから
「スターシャがとても嫌な女に見える」とか
「彼女のキャラが矮小化されてる」みたいな意見もネットでよく見る。

私の見方はちょっと違う。
「嫌な女」になったのではなく、「普通の女性」になったんだと思うんだ。

詳しくは「キャラ編」で書こうと思ってるんだけど、
2199は、「普通の人々の物語」なのだと思う。
古代の働きが今ひとつに思えるのも、
デスラーの究極の目的が、きわめて個人的な欲望に端を発しているのも、
根源的にはそこに起因してる。
二人とも、役職や地位を取っ払ってしまえば「普通の人」なのだから。

スターシャもまたしかり。
過去にイスカンダルが犯した罪に悩み、
デスラーが彼女の名の下に推し進める侵略行為に苦しみ、
「ゆきかぜ」クルーに対して「結局私は誰も救えなかった」と無力感に苛まれ、
「救済」と「愛する人との別れ」との板挟みになって迷う。

旧作の、
「滅亡に瀕した地球へ慈悲の心で救いの糸を垂らしてくれた
 宇宙の彼方にいる神秘的な女王様」
というスターシャ像がデフォルトの人にとっては、噴飯物なのだろう。

(まあでも、妹がパフェ食って喜んでる段階で、
 姉ちゃんも神秘の女王様ではなくなってることは想定するべきだったかも。)

じゃあおまえはどう思ってるんだ、と問われれば
「こういうスターシャもアリ」だと答える。

神秘の女王様もいいけれど、
人間味あふれる2199のスターシャも嫌いじゃない。

軍人としての面しか描かれなかった旧作ドメルと比べて、
妻や早世した息子が設定されて人間的な厚みを増した2199ドメルのように、
スターシャも、背負った歴史や周囲の状況に翻弄されて苦悩する
「孤独な女王」としての姿が浮かび上がってくる。

 もっとも、好みは人それぞれなので
 「そんなスターシャは見たくなかった」って意見があるのも当然だとは思う。

第一章の頃の感想に、スターシャの声優・井上喜久子さんについて
「(旧作でスターシャを演じた)平井道子さんの神秘さはなくなった」
と書いた記憶があるが
旧作の「慈悲の心あふれる神秘的な女王」とはほど遠く、
だけど完璧ではないからこそ、悩みに悩んで決断する2199のスターシャには
良くあってると思う。

第24話のラストシーンを見て
「ふしぎの海のナディア」のエレクトラさん(これもCVは井上さん)を
連想した人も多いだろうが、彼女もまた煩悩の塊みたいな人だったよね。


■水着回

旧作よりも女性クルーが大増量された2199。
パフェ女子会の段階で気づくべきだった。
イスカンダルが水着回になるとは、予想の斜め上どころじゃない、
まったくオジサンには「その発想はなかった」。

「こんなシーン描く尺があったら他に回せ」なんて言ってる人もいるが
たぶんスタッフは、戦闘シーンと同じくらい重要だと思って描いてると思うよ。

昨今のアニメは、必ず水着回か温泉回が必要らしいが、
私はさほど不自然には思わなかった。
思い返せば、クルーの日常を描いたシーンてあまりなかったし。
そういう意味ではけっこう貴重な場面なんだな。
実際、私はこのシーン、たいへん楽しく観させていただきました。

 アホ毛とパフェを経験すりゃ、もう何でも大丈夫だよね?

イスカンダルの海で女子クルーを泳がせようなんて考えた奴は、GJだね。
いいぞもっとやれ・・・って言っても、もう終わりなんだが(T_T)


■コスモリバースシステム

生命を宿した星に時空を越えた波動として存在している、
星の物質と生命の進化の記憶を封じこめたエレメントを触媒に、
惑星の記憶を解き放ち、その力で惑星を再生させる(by wikipedia)。

CRSは、そのエレメントがイスカンダルへ来なければ完成しない。
ゆえに、ヤマトはイスカンダルへ来なければならなかった・・・

「なぜCRSを直接地球へ届けてはくれないのか」
に対する、これが2199製作陣の回答なのだろう。

碧水晶の咲く丘で、雪とユリーシャの会話が交わされる。
エレメントについて問う雪に対して、
「そうよ」と抱きつくユリーシャ。

うーん、このシーン、いろいろ解釈できそうで困る。
ネットでもCRSと雪の関わりについて
いろいろ書かれているけど、どれも私にとってはしっくりしない。

雪の正体も結局分からないし、その辺は視聴者の想像に任せているんだろうか。
雪とユリーシャの間にテレパシー的つながりがあるあたり、
イスカンダルと何らかの関わりはありそうに思うんだけど。
(外伝で、ヤマト発進の前日譚を描くときの
 ネタとして取っておいてあるとのウワサも聞くが、まさかね・・・)


余談だが、雪とユリーシャは同じ桑島法子さんが演じているんだけど、
演じ分けがカンペキなので、聞いてて全く気にならない。さすが実力派。

まあ、ガンダムSEEDでもナタルさんとフレイの二役やってて、
その二人のキャラで会話するシーンなんてのも、こなしてましたからね。
ちなみに、SEEDでいちばん好きなキャラはナタルさんだったりする。


■波動砲

スターシャの言葉から察すると、
ガミラスに波動エネルギーの技術を与えたのもイスカンダル。
イスカンダルのアンドロイドが、
ガミロイドと似たデザインをもっていることからも、
二つの星が同じ技術体系を持っていることがうかがわれる。

そのガミラスが、波動エネルギーを使って星を渡り、侵略の手を広げ、
さらには禁断の兵器「波動砲」を手にする。
地球を救っても、第二のガミラスにならないという保証はないという
スターシャの危惧もわからないではない。

 実際、旧作の続編(特に「さらば」「ヤマト2」)での地球は、
 侵略目的ではないにしろ、
 波動砲搭載艦を大量生産して、軍備拡張に走るのだから・・・
 (まあ、滅亡寸前まで追い込まれた経験があれば、無理もないとは思うが。)

結局、スターシャはヒス副総統の報告やユリーシャの進言によって
CRS引き渡しに同意する。
沖田もまた、波動エネルギーの侵略・破壊目的での不使用を誓う。
その証として波動砲口は封印されることになる。
(実際、CRSに改造されてしまったから波動砲撃てないんだけどね。)

このあたり、続編を作るに当たってのハードルを上げたなあ・・・
というか、やっぱり「続編を作るつもりはないよ」宣言みたいに感じた。

 とはいっても、芹澤みたいな軍幹部がいる以上、
 前線の一指揮官が交わした誓約なんぞ簡単に反故にして
 波動砲の大量生産に向かう未来が簡単に想像できてしまうが・・・

  あ、その前に波動コアを自前で作らなきゃならんのだね・・・

波動砲をふさがれたヤマトの姿はちょっと間が抜けてるなあ・・・なあんて
どーでもいいことを、ちょっとつぶやいてみたりする。


■波動砲の封印

この封印についてもネット上では喧々諤々である。
自分たちで開発して大量殺戮をしておいて、
後発の地球に使用を禁止するとは何事かと。
(何だか某惑星の、既得権益にしがみついてる某国家群みたいだよね)

私は、あの封印は地球・イスカンダル・ガミラス三者の連名であるから、
「この三者の間で、相互に対しての使用を禁止する」という意味に取っている。
ヤマトはガミラスに対して使用しないし、
ガミラスもヤマトに対して使用しない。
そういうことだと思ってる(実は違うのかも知れんが)。

それに、私は「自衛のための使用まで禁止されたわけではない」とも思ってるし。
実際、ヤマトはイスカンダルに来るまで5回使用しているけど、
結局のところスターシャはCRS引き渡しに同意した。
これは、「自衛のための使用」まで禁じられたら、
ヤマトはここまで来れなかったことを彼女が認めた結果だと思う。

 ならば、もし地球がガミラス以外の星に対して、
 侵略目的で波動砲を使用したら、どうなるのだろう。
 怒り狂ったスターシャがガミラスに命じて、地球討伐軍を差し向ける、
 という可能性もあるのかも知れないね。

この段階でデスラーは死亡したと思われていて
ヒス副総統はこれ以上地球(ヤマト)に攻撃を加える意思はない。
ならば、順当に考えてヤマトが地球に帰るまで、
波動砲を必要とするような強力な敵と遭遇する確率はほとんどない。
そう判断されたから、沖田も封印に同意したと思う。

(「でもデスラー生きてたじゃん」というのは「神の視点」だよね)

もし、この時点でデスラーが生きていて、帰路にデスラー砲で
ヤマトに攻撃をかけてくると知っていたら、
また沖田の対応も変わっていたんではないかなあ。
(そうなるとまたややこしい展開になりそうなので
 そんなことにならなくて良かったと思うよ。)


■古代守

私は、たしか第五章の頃に、
「古代守は、このまま死んでいた方が綺麗に収まるんじゃないか」
なんてことを書いた。

終盤でいきなり「実は生きてました」って元気に登場するのも、
2199の作風を考えると、いささか突然すぎるように思ったし。
(旧作を知っている人からすれば当たり前の展開かもしれないが、
 ご新規の方々は「えーっ」て思うんじゃないかなぁ。)

もともと旧作が全39話予定のときは、
古代守は謎の宇宙海賊となり、ヤマトの危機に颯爽と現れて
助太刀をするキャラとして設定されていた。
(このときの名乗りが「キャプテン・ハーロック」のはずだった、
 というのも有名な話。監督が松本零士だったからね。
 第七章とほぼ同時期に、同名の全編CG映画が公開されるのも何かの因縁か。)

それが26話に短縮されたあおりで出番がなくなり、
イスカンダルでの1回のみの登場となってしまった。

 もっとも、このときのスターシャと守のからみは
 けっこうファンから人気があって(私も嫌いじゃない)
 ヤマトが地球へ向けて出航するところでの二人は
 イスカンダル編屈指の名シーンに挙げる人も多かろう。

ここがごっそり無くなると、旧作ファンの何割かを敵に回すんじゃないか・・・
なんて余計な心配をしてたんだが。
(実際、がっかりしている人、憤慨している人も多いみたいだが)
第24話における古代守の扱いは、いい落としどころだったように思う。

しかも、守の登場の意味を単発で終わらせていない。
最終話まで見たとき、「これ、よく考えたなあ」って私は素直に感心したよ。

第七章は、涙腺を刺激するシーンが多いが、
私にとっては「守の遺言ビデオ」が、
私の感涙ポイントにダイレクトにヒットしてしまったみたいで、
このシーンでは、ずっと頬を濡らしていたよ。

思えば、第1話の「銀河航路」といい、第17話の回想シーンといい、
2199の守さん登場回は、私の涙をそそるなあ・・・


■ラストシーン

桟橋を離れ、出航するヤマト。
「夕陽に眠るヤマト」から「元祖ヤマト」へBGMが切り替わり、
「しばしの休養」状態から「帰路を急ぐ」雰囲気に切り替わる。

蒼穹の彼方へ消えていくヤマトを、守の墓標の傍らで見送るスターシャ。
風に髪をなびかせる後ろ姿が美しい。
(実は、現在の私のPCの壁紙はこのシーン。)

最終話まで観ると分かるが、
このときスターシャは守に永遠の別れを告げていたんだね。

このとき、彼女の手が意味深に下腹部へ。
やっぱりあれですか。そういうことなんですね。

兄さん、最後の命の火を燃やし尽くしたんですね・・・
(あー、まさかそれで死期が早まったり・・・なんて?)

 「続編への布石」っていう人もいるけど、
 これも旧作ファンへのサービスだと思うなあ。
 2199版古代も、いつの日か、宇宙の彼方からやってきた姪っ子に
 「叔父さま」って呼ばれる日が来るんでしょうかね。


シチュエーションは全く違うけど、
映画「わが青春のアルカディア」で、地球を旅立つアルカディア号を
マーヤが見送るシーンも美しかったなあ・・・

「旅立つ船を見送る美女」って、やっぱ絵になるよ。


ラストカットは、守の墓標に置かれたコスモガンのアップ。
エンケラドゥスで自分を救ってくれた兄の銃を、弟は返していったんだね。
一輪だけ添えられた花が哀しみを誘う。

あとで気がついたんだが、あの透明な墓標って宙に浮いているんだね。
こんなところも妙にハイテクなイスカンダルなのでした。


※TV放映版を見ての追記。

・イスカンダルを出航するシーン、BGMが差し替えになってたね。
 「地球を飛び立つヤマト」一曲のみになってた。
 最初に見た印象のせいか、映画版の方がよかったような・・・
 ディスクではどっちになるんだろう?
・作画の修正は、正直よくわからなかった。
 雪とユリーシャの作画が映画より綺麗になってるような気はするが。

 

さて次週は、上映時は短縮版だった第25話「終わりなき戦い」。
TV放映版も「暫定版」で、ディスク収録されるのが真の「完全版」
って噂も聞くんだが、どうなんだろう?

とにかく刮目して待つことにしよう。


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マルドゥック・スクランブル 〔完全版〕全三巻 [読書・SF]

マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・スクランブル The 1st Compression 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 文庫




マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・スクランブル The 2nd Combustion 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 文庫




マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

マルドゥック・スクランブル The 3rd Exhaust 〔完全版〕 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者: 冲方 丁
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2010/10/08
  • メディア: 文庫



評価:★★★★

実は、十年くらい前に出た文庫版の時、読みかけたんだけど
1巻目、それも最初の数十ページで挫折してしまったんだ。

で、今回〔完全版〕と銘打って再刊されたものを読んでみたんだが・・・
なんと最後まですらすら読めてしまったよ。

前回読み通せなかったのは、
作品のせいなのか私のせいなのか・・・たぶん私のせい。


文庫で3冊、計900ページに及ぶ作品だが、
ストーリーラインは至ってシンプル。

エンターテインメントでは王道のパターンが二つあるという。
一つは「宝探し」。
そしてもう一つは「復讐」であり、それがこの物語の背骨でもある。


舞台となるのは、港湾型重工業都市であるマルドゥック・シティ。

陰惨な家庭環境に育った15歳の娼婦・バロットは、
彼女を買った賭博師・シェルの犯罪行為隠滅工作に巻き込まれて
乗っていた車が爆発・炎上、瀕死の重傷を負わされる。

彼女を救ったのは委任事件担当官のウフコックとドクター・イースター。
人命保護を目的とした緊急法令「マルドゥック・スクランブル-09」が発令され、
法的に禁止された科学技術の使用が許可される非常事態を適用、
バロットは人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力をもつ存在として再生する。
(「仮面ライダー」「サイボーグ009」のような
 改造人間みたいなものと思えばいいかな。変身こそしないけど。)

甦った彼女は、自らの存在の抹消を図った "敵" に挑み、戦う。
そして、その中で常に自問する。
「なぜ自分だったのか」「自分はここにいてもよいのか」

戦いの中で彼女が自らの存在意義、自己の尊厳を見つけ、
それを確立していくまでがつづられる。


文庫で三分冊なんだが、必ずしもストーリーの節目と分冊が対応してない。

物語は、全体で大きく四つのパートに分かれる。
起承転結と言ってもいいかもしれない。

「結」では、文字通りすべての決着をつけるべく、
壮絶な戦闘シーンが描かれるのは、まあお約束なんだが、
この物語で特筆すべきはその前の「転」の部分。

シェルの犯罪を立証する決定的証拠が、
カジノに保管された100万ドルチップに隠されていることをつかみ、
それを手に入れるべくバロットはカジノでの大勝負に挑む。

2冊目の中程から3冊目の前半にかけて、ページ数において約300ページ。
つまり物語全体の約1/3がカジノでの勝負に費やされているのだ。

ルーレット、ポーカー、ブラックジャックと、
次々にステージを上げていくバロットの戦い。
私はギャンブルや賭け事、カードゲームにはとんと疎くて、
ポーカーだって、知ってる役は半分くらい。
ブラックジャックに至ってはルールすら知らなかった。
物語中で説明されてはいるのだが、今ひとつぴんとこない。
でも、そんな私でもこの300ページは手に汗握り、興奮して読ませてもらった。

しかも、その勝負シーンがちゃんとSFになってるところが凄い。
冲方丁という作家は、只者ではないと思ってたが、
まさにそれを思い知らされた。

「天地明察」が話題になって世間の知名度も上がったが、
あれは言ってみれば「静の冲方」。
この「マルドゥック-」は「動の冲方」と言えるかも知れない。

あと、この小説を語るには、
ウフコックというキャラについても触れなければならないのだが
もういい加減、長い文章になってるし、あえて書かなくてもいいかなと思う。
(他の人の書評を読めば、きっと詳しく紹介してあると思うし。)

でも一言だけ書いておこう。
SFやらサイバーパンク的ガジェットやらがてんこ盛りの作品なんだけど、
バロットとウフコックの心の交流こそが、
いちばんの読みどころであり、いちばんの感動ポイントであることを。


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宇宙戦艦ヤマト2199第七章 感想・・・のようなもの その1[第23話] [アニメーション]

ブルーレイの到着を待ってからまとめて書く、という方法もあったんだけど
それだと日が空きすぎて、記憶力の乏しい私の頭では、
感想がどっかへ蒸発してしまいそう。

なので、この第七章に関しては、各話のTV放送ごとに上げていこうと思う。
映画館でも複数回見たのだけど、最後にTVでもう一度内容を確認して。
(BD到着後、補足する内容があればまたそのときに書く。)


さて、今までの章では、各話のあらすじに沿ってコメントしていく、
という方法で書いてきたんだが、ストーリー自体はもうすでに
あちこちのブログや掲示板で紹介されてると思うので
この「感想・・・のようなもの」では、観ていて「思ったこと」「感じたこと」を、
物語の時系列にはあまりこだわらずに書いていくつもりだ。


※例によって盛大にネタバレしています。旧作も含め、
 第23話のみならず、第24話~最終話の内容にも一部触れている箇所があります。
 TV組、ディスクの到着待ちの人はご遠慮下さい。


さて、第七章だが、見終わった後、頭に浮かんだキーワードは
「逆転の発想」という言葉だった。まず、そのあたりから書いてみよう。

 

第23話「たった一人の戦争」

■逆転の波動砲

旧作での本土決戦では、
ガミラス本星に引き込まれたヤマトに対し、デスラーの集中攻撃が加わる。
上空からはミサイルが降り注ぎ、下には濃硫酸の海。
(旧作のガミラス星は、長年の火山活動の結果、海が強酸性の液体になっていた。
 今から思えばトンデモな設定だが、
 「星の寿命が尽きかけている」「人が住めない星になりつつある」を
 わかりやすく表現するためでもあったのだろう。)
万策尽きた艦長代理・古代は、病床の沖田の進言に従い、海に潜る。
そして海底に伸びる火山脈を探し出し、これを波動砲で撃つ。
帝都周辺の火山群が一斉に噴火を起こし、総統府周辺も溶岩流に飲まれてしまう。
やがて火山活動は惑星全体に広がり、ガミラスは滅亡、デスラーは脱出する。

2199では、帝都バレラスを脱出したデスラーの命によって
第二バレラスの一部・633工区が分離、ガミラスへの落下を始める。
6000万トンの質量弾の落着地点がバレラスであることが判明した時点で、
沖田はこれを破壊することを命令する。
波動砲による光の奔流は、バレラスを破壊から守り、
ガミラスの民たちの生命を救う、希望の光となる。

旧作では、海底に向けて放たれた波動砲がガミラスを滅亡させ、
2199では、天空に向けて放たれた波動砲がガミラスを救う。
まさに「逆転」。

ガミラス側の反政府勢力の描写や、
古代をして「君とは信じ合える」と言わしめたメルダの存在、
さらには、波動砲を禁断の武器とするイスカンダルの価値観。
これらから「波動砲でガミラスを滅ぼす結末」は、
かなり早い段階から「ない」と思われてきた。
そして、第23話はその結末を、予想以上の形で見せてくれた。

数あるヤマトの波動砲発射シーンの中でも、今回は特に素晴らしく思う。
作画とBGMの効果が相まって、この波動砲の輝きは特筆もの美しさだ。
それはもちろん、その目的が「破壊」ではなく、
「救済」であり「新生」だからなのだろう


■デスラー体制の崩壊

ヤマトが総統府に突き刺さったまま波動砲を撃ったことも、象徴的に思える。
総統府と第二バレラス(一部)を波動砲で同時に破壊したことにより、
デスラー体制の終焉を暗示しているのだろうと思った。

また、このときヒス君が
(いや、これからはちゃんとヒス副総統と呼んであげなくてはいけないね。)
帝都全域に非常事態を宣言し、一人でも多くの人命を救うべく行動を起こし、
さらには自分が逃げる途中で、倒れているヒルデ・シュルツを発見する。
ヒス副総統が、純血ガミラス人ではない彼女を助けるのもまた、
ガミラスが迎える未来を示しているように思う。

おそらく、ガミラス新体制の一翼を担うであろうヒス副総統が、
的確な状況判断能力を有していて、さらには
弱い者、窮地に陥っている者を見捨てることなく、
また肌の色による差別をしない人間だということは、大きな意味を持つからだ。


■デスラーの真意

スターシャの願う「あらゆる知的生命体の救済」を、
「ガミラスによって宇宙が平定されれば、恒久平和の世界が到来する」
という論法で、デスラーは実現しようとしている。
(・・・という解釈でいいんだよなあ?)
ゆえにガミラスは他星系への侵略の手を伸ばし続ける、
というのはわかった。

でも、そこからどうして「ガミラスを捨てる」「バレラス市民を虐殺する」
につながるのか、どうしても得心がいかない。
このあたり、25話の補完部分でもう少し説明されるのだろうか?

第七章に不満な人の理由の一つに、このデスラーのキャラがあると思う。
「さらば」以降の、スターシャを一筋に愛する武人デスラーが好きな人には、
2199のデスラーは許せないのかも知れない。

でも、旧作イスカンダル編のデスラーを思い返してみる。
母星の寿命が尽きるために、移住先を求めて広く侵略の手を伸ばしていた、
という大義名分はあるにせよ、恐怖によって部下を支配し、
いざガミラス本星でヤマトを迎え撃てば、
首都に被害が及ぶのも顧みず、ミサイルの雨を降らせて市街地を破壊する。
「戦争をしているのが私のいちばん楽しみな時間」と言い放ち、
みかねたヒス副総統が「これ以上の戦闘はガミラスの自殺行為」と、
ヤマトとの講和を進言すれば射殺する。

2199版デスラーも、「スターシャ愛」の要素こそ続編からの導入だろうが、
それ以外の行動を見てると、旧作イスカンダル編のデスラーと
さほど違っているとも思えない。
(もちろん、もう少し彼の思考がわかるように描写してくれればもっといいが)

「あのデスラーじゃ続編で古代と友情を築くなんてできないじゃないか」
って書き込みがネットにけっこうあるけど、
そもそも製作陣は続編を全く考えてないんだろうし。

まあ、なし崩し的に古代や地球に親愛の情を示し始める
続編群のデスラーのことを、私が好きじゃないってことなんだけどね。


■今、自分のできること、しなければならないこと

おそらく雪は、デスラー砲破壊を決めたとき、自らの生還を諦めていただろう。
(ノラン君の行動は全くの予想外だったろうし)
でもなおかつ、「それができるのは自分しかいない」からそれを実行した。

(デスラー砲が健在では)「ヤマトはイスカンダルへ行けない」と
理由を語ってはいるが、半分以上は
(自分はここで死んでしまっても)「古代には生きていてほしい」
という思いだったろう。

旧作最終回でも、自分の命と引き替えに古代を救った雪だが、
あの「古代君が死んじゃう・・・」が、このシーンになったのだろうね。

その古代君、ゼロで颯爽と雪を救うべく飛び出してくるんだが、
ああ、でも、もう少し彼には見せ場を用意してあげてほしかったなぁ。
(具体的にどんなことができるのかは思いつかないんだが・・・)

実際に飛び出したはいいが、具体的にどうやって雪を救うんだか、
おそらくこのときの古代はわからなかったろうし、考えてもいないだろう。

でも、どんなに絶望的な状況でも、とにかく何かを始めないと、
事態は絶対変わらない。
それは間違いない。

もし古代がゼロで飛び出していなければ、雪はおそらく宇宙遊泳中に酸素切れで死亡。
もちろん虚空で巡り会うことなど、できなかったんだし。

ああ、でも、古代君にはもう少し(ry
だって、終わってみると、第二バレラスを破壊したのは
ほとんど雪一人の行動による、という船務長無双だったんだもの。


■騎兵隊参上

飛び出した古代を、メルダ・山本・加藤が援護しに来るシーンは胸が熱くなった。
とくにメルダと山本は翼を並べて戦ってくれると信じていたから、なおさら。


■沖田無双

第七章を見終わって、つらつら物思いに耽っていたとき、
ふと「若い頃の沖田って、どんな人だったんだろう?」って疑問が浮かんだ。

古代(2199版)のような若者だった気はしないんだよね。

で思ったのは、古代(旧作版)みたいな人だったんじゃないか、ってこと。
もちろん、もうちょい分別はあったろうが。

旧作版古代の勇猛果敢さに、経験の裏打ちによる沈着冷静さが加われば、
2199版の沖田が完成するような気がする。

そう思って振り返ると、第23話で沖田が言う
「最大戦速! 目標、ガミラス!」「このまま総統府に突入する!」という台詞と
旧作で古代が、海底火山脈に波動砲を撃ち込んだのち、反撃に転じるときに言った
「島、急速発進だ!」「敵の心臓部に突入する!」(←ちょっとうろ覚え)
という台詞が妙に重なるような気もして、
2199版沖田って多分に旧作版古代の要素を取り込んでるような気がするんだよね。

だから、その分、2199版古代は割を食ってしまったのかな。

もちろん、2199版古代は将来、優れた艦長になれると思うんだけど
2199版沖田とはまた違ったタイプになりそうな気がする。


■沖田の思惑

古代を単身、雪救出に向かわせたシーン、
見ているときにはさほど気にならなかったけど、
後で考えるとずいぶんな「無茶ぶり」なような。
イスカンダルの皇女が乗り込んでいるとは言え、
戦闘機一機に乗員二人で何ができるんだろう。

貧しい頭で考えてみたんだが、
沖田の思考ではこういう予定だったんだろうと脳内補完している。

(1)とにかく総統府に突入してデスラーを倒すor捕らえるして、指揮系統を断つ。
 (その混乱に乗してガミラスを脱出してイスカンダルに逃げ込む)
(2)でも、雪のことが気になって仕方がない古代に
  突入部隊の指揮を任せるのは不安がある。
(3)と思ったらデスラーが脱出してしまった。雪も一緒に
(4)そうこうしているうちにレーダーが633工区を発見
(5)波動砲での破壊を優先。
  突入部隊の必要はなくなったので古代を第二バレラスへ先行させる。
(6)古代と上空の航空隊を合流させ、第二ガミラスへ向かわせる。
(7)633工区を破壊次第、ヤマトも総統府から第二バレラスへ向けて発進する。
(8)航空隊と連携して第二バレラスを攻略する。
  方法はとにかく突入(いわゆる沖田戦法)。

で、(5)まで事態が進んだら、第二バレラスが謎の大爆発。
沖田の方も体力の限界だったみたいで、ここで作戦終了。
・・・てことだと思ってる。


■ラストカット

いろいろ書いては来たけど、最後のカットにじーんときたよ。

雪を発見した古代がゼロのコックピットから出て、
彼女のもとへ向かう。

このとき、二人が何事か口にするんだが、通話が成立しない。
(たぶん、二人の着用しているスーツが地球製とガミラス製だからだね。)
観客にも声が聞こえないんだが、でも何を言っているのか何となくわかる。
それは今までの二人が、第1話から第23話までに重ねてきた軌跡が
観客にはわかっているからだろう。

やがて、ヘルメットを触れあわせた二人はついに言葉を交わす。
「夢・・・じゃないよね?」「ああ、夢じゃない!」

この会話、最終回での二人の会話と対になってることに
気がついたのはかなり後だったヨ・・・orz
「夢・・・なの?」「夢だよ・・・君は悪い夢を見ていたんだ・・・」

ここ、BGMも素晴らしい。彬良さんGJ。
二人が手を取り合い、見上げる先に浮かびあがる、
希望の星・イスカンダルの神々しいまでの美しさ。
(BGMの最後の部分がしっかり「イスカンダルのテーマ」になってる!)


■最後に

けっこう量は書いたんだが、なんだか自分の中で消化不良気味。
また何か思いついたら、あとの回の時にでも書くことにする。

実は、古代についてもいろいろ書いてたんだけど、なんだか長くなりそうなので
最終話後に、「キャラ編」で載せようと思う。

 

次週はいよいよ「遙かなる約束の地」。
また、TV放送後にアップする予定。


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時を生きる種族 ファンタスティック時間SF傑作選 [読書・SF]

時を生きる種族 (ファンタスティック時間SF傑作選) (創元SF文庫)

時を生きる種族 (ファンタスティック時間SF傑作選) (創元SF文庫)

  • 作者: R・F・ヤング
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2013/07/20
  • メディア: 文庫



評価:★★★

同じ編者による、「時の娘 ロマンティック時間SF傑作選」に続く
時間テーマSFアンソロジーの第二弾。

本邦初訳を含む全7編、しかも全作が雑誌掲載のみで
短編集等の書籍へは未収録のものばかりという、レア品ばかりである。

「真鍮の都」(ロバート・F・ヤング)
 時間エージェントのビリングスは指令を受け、
 9世紀の宮殿から『千一夜物語』の語り手・シェヘラザードを連れ出すが、
 トラブルが起こって、見知らぬ謎の世界へ飛ばされる。
 元の世界へ帰ろうと謎の世界で奮闘する内に二人は恋に落ちるが・・・
 うーん、ちょっとラストが唐突かなあ。もう少し書きようがあるような。
 もっともっと感動的に盛り上げられそうな気がするんだけど。
  枚数(向こうじゃ単語数だっけ?)の制限でもあったのかな。

「時を生きる種族」(マイケル・ムアコック)
  すみません。よくわかりませんでした。
  ムアコックは、私にとってはヒロイック・ファンタジーの人。

「恐竜狩り」(L・スプレイグ・ディ・キャンプ)
  もうひとひねりあると思ったんだけどね・・・

「マグワンプ4」(ロバート・シルヴァーバーグ)
  コメディSFだね。彼が「小説工場」って呼ばれるくらい、
 ものすごく多作だった頃の作品だと思うんだけど、よくできてる。
  大学時代には、シルヴァーバーグはけっこう読んだなあ。

「地獄落ちの朝」(フリッツ・ライバー)
  すみません。よくわかりませんでした。
  フリッツ・ライバーは、私にとってはヒロイック・ファンタジーの人。

「緑のベルベットの外套を買った日」(ミルドレッド・クリンガーマン)
  コレもある意味「時を超える愛」かな。
  嫌いじゃないけど、今ひとつの印象。

「努力」(T・L・シャーレッド)
  このデビュー作が最高傑作だった、という「一発屋」らしい。
  時空を超えて過去を見ることができる機械を使って
 過去の風景を映画に撮る、ってのは他にもあったような。
 「テクニカラー・タイムマシン」だったかな?
 だけど、この作品のキモは
 「歴史をそのまま切り取って作った映画」をつくることではなく、
 作ったその映画を使って、主人公二人組が企む "あること" なのだ。
  確かに良くできてる佳品。
  ちょっと作風が小松左京に似てるような気がする。


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「宇宙戦艦ヤマト2199 第七章」 鑑賞記 at MOVIX柏の葉 Part.3 [アニメーション]

「もう一回、一人で観たい」なんて書いてたんだが、
もし一人で観る三回目の鑑賞機会があっても、そのときのことは
ブログには書かないでおこうと思ってたんだ。
(自分一人の胸にしまっておくつもりだった。)

だから本来Part.3は無いはずだったんだけど
今回書いてしまったのは・・・
そう、かみさんが「また観に行きたい」って言い出したからなんだ。

事の起こりは、ネットの書き込みの内容をかみさんに話したこと。

「新宿とか他の映画館だと、初日一回目の上映が終わったら
 拍手が起こったそうだよ」
「やっぱり! あたしも拍手したかったんだけど、
 何だかみんな静かだから、拍手しそびれちゃったぁ。
 そーかー、他のとこでは拍手してたのね~。
 どーして柏の人たちは拍手しなかったのかしら」
「オレは、『みんな、じっくり噛み締めてるんだろなー』って思ってたけど。
 まあ、都会と田舎では客の雰囲気も違うんだろうし(←ちょっと偏見入ってる?)
 新宿に行ってたら、心置きなく拍手できてたんだろうね」
「そうよー、もう『ブラボー!』って叫んじゃったわよ~」
「でもなー、新宿は遠いよなぁ。
 朝イチの回で、BD買うために並ぶこと考えたら
 始発くらいで行かないとダメじゃないかな~
 なぁんて、もう並ぶことは無いんだけどね(←ちょっと遠い目になる)」
「ねー、ヤマトっていつまで上映してるの?」
「えっと、9月6日の金曜までだね」
「じゃ、今度の土曜はやってるのよね。」
「何? ひょっとしてまた観たいとか」
「そう。観に行きたい!」

なんて会話があったのが先週の水曜あたり。
というわけで、8月31日(土)、3回目の鑑賞となった。

13:55の回。もっと早い回もあったんだが早起きがつらいのでパス。
ちょっと早めに昼食をとる。
(直前に食べるとまた寝てしまうおそれがあるからね。もちろんかみさんが。)

車で出発。開場時間の30分前には到着する。
ショップを覗いてみる。売り切れているモノもあれば、
追加で入荷したモノもあるみたい。
設定資料集[Earth]は、初日にはなかったかな?
ポスターブックは初日朝にはあったけど夜には売り切れてたような。
でも今日はしっかり入荷してた。


そうこうしているうちに開場。
ハコは初日より小さくなってしまったけど、けっこうな入り。
ネットで席を取ったときはガラガラで心配になったけど、ひとまず安心。

あいかわらずオジサン率は高いが、高校~大学くらいの男の子もけっこういる。
20代くらいの女性もいたけど、若手声優さんのファンかな?
あと、小学生くらいの子どもを連れた親子がかなりいたね。
次の世代にも伝わるといいなあと思う。

そんなこんなで上映開始。
今回も楽しませていただきました。
回を重ねても、やっぱり涙腺が緩んでしまうところはさすが。
でもやっぱり第25話の短縮部分は気になるけどなぁ~。


上映終了後、意外なことが。
帰ろうと思って席を立ったら通路のところで
何だかニコニコしている男性が。
なんと、何回か私のブログにコメントしてくれていた方でした。
いやあ、こんなこともあるんですね。
嬉しいより先にびっくりしてしまいました。
声をかけていただき、ありがとうございます。

あとでかみさんに事情を説明したら
「えーっ、もっとお洒落な格好しとけばよかったわぁ~」
でした。

帰りに売店で玲ちゃんのコースターを買って帰る。


さて、「もう一回、一人で観たい」と書いたが、なかなか難しそうだ。
さすがに平日の夜はつらそうだしねぇ・・・


かみさんは何だかまだ物足りないみたいで
「ねえ、ブルーレイあるんでしょ。見せてよ」
っていうわけで、今日(9/1)の午後、二人で第1話~第6話まで観てしまった。
私もしばらくぶりで観たけど、やっぱり良くできてるね。
ただ、やっぱり初期の頃は、まだCG描写が板についてないよなあ、とか
第2話はどう考えても尺が足りないよなぁ、とか思ったけど。
(何年か先でもいいから、ディレクターズカット版とか出してほしいね。)


そして夕方には第22話。アフロ総統も全国に流れてしまいました。


いよいよ来週にはガミラス本土決戦の第23話がON AIR。
時の経つのは早いモノです。

第七章の「感想・・・のようなもの」も、すこしずつ下書きはしている。
できれば、TV放送に合わせて、一話分ずつアップしようかと思っている。


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